大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所 昭和59年(ヨ)116号 判決

債権者

坂田義昭

右訴訟代理人弁護士

中村周而

鈴木俊

中村洋二郎

髙橋勝

工藤和雄

足立定夫

味岡申宰

土屋俊幸

債務者

日本軽金属株式会社

右代表者代表取締役

浅野康介

右訴訟代理人弁護士

伴昭彦

右当事者間の地位保全仮処分申請事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

一  債務者は債権者に対して、昭和五九年四月一一日以降昭和六〇年一〇月まで毎月二五日限り月額金一八万四九一〇円の割合による金員を仮に支払え。

二  債権者のその余の申請を棄却する。

三  申請費用は債務者の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  債権者

1  債権者が債務者新潟東港工場の従業員である地位を仮に定める。

2  債務者は債権者に対して、昭和五九年四月以降本案判決確定に至るまで、毎月二五日限り月額金一八万四九一〇円を仮に支払え。

二  債務者

債権者の申請を棄却する。

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  当事者

(一) 債務者会社(以下会社ともいう)は、軽金属及びその合金の製造、販売等を業とする株式会社であり、本店を東京都中央区銀座七丁目三番五号に置き、清水工場(昭和五九年一月時点の従業員数は四三二人、以下同じ)、蒲原工場(六三一人)、苫小牧工場(五七人)、名古屋工場(四八〇人)、新潟東港工場(二六四人)、船橋工場(七九一人)、大阪工場(三二一人)、滋賀工場(八七人)並びに幸田合金鋳造所の各事業所を持ち、会社の従業員数は四八七〇人である。会社は昭和一四年三月三〇日に設立され、同五九年一月時点の資本金は金二五三億六二四九万五七〇〇円である。

(二) 債権者は、同二九年五月二二日新潟市に生まれ、同四八年三月新潟工業高校を卒業して、同年四月会社新潟工場(新潟東港工場の前身)に入社し、電解課に配属されたが、会社が同五五年一二月二七日、新潟工場のアルミ(アルミニウム)製錬の操業を全面停止したため、同五六年一〇月一日新潟東港工場に配属された。なお、債権者は、会社従業員をもって組織する日本軽金属労働組合(以下日軽金労組という)に所属する。

2  配転命令及び解雇

(一) 会社は昭和五九年三月一六日債権者に対し静岡県庵原郡蒲原町に所在する蒲原工場に配転する旨の命令(以下本件配転命令という)を発令した。

(二) 次いで、会社は同年四月一〇日付で、本件配転命令に従わず、現職場での就労を要求していた債権者の行為は、業務命令に違反するものであるとして、社員就業規則一一六条九号に基づき、債権者に対し解雇する旨の意表思示(以下本件解雇という)をなし、以後債権者の就労を拒否している。

3  会社の債権者に対する本件配転命令は、次の事由により、人事権の濫用にあたり無効であるから、右命令に違反したことを理由とする本件解雇は無効である。

(一) 業務上の必要性・人選の合理性の欠如

本件配転命令の発令に当たり、何故、債権者を蒲原工場に配転しなければならないか、「業務上の必要性」については会社から何の説明もなく、またどのような基準で債権者が人選されたかも全く不明であり、その説明もない。

従って、債権者に対する本件配転命令は、「業務上の必要性」も「人選の合理性」もないのに出されたものといわざるをえない。

(二) 債権者の家族に与える犠牲

債権者は、昭和五二年一一月一〇日父義雄(明治四〇年九月六日生)を失い、住所地にある社宅に、母マスエ(大正四年一月一二日生)、実弟二三雄(昭和三一年九月二三日生、新潟市紫竹島通一三六四番地所在の清水食品株式会社勤務)の三人で暮している。

母マスエは、同三八年に脳溢血で倒れ、以後高血圧症、心臓病、脳血管障害、糖尿病、右足関節炎のため歩行も困難で、同年以降新潟市末広町所在の阿部医院に通院しており、加えて白内障のため視力は両眼とも〇・〇六で、現在、新潟市蒲原町所在の深井眼科医院に通院中であり、債権者の介護がなければ日常生活を送るのも困難な状況にある。また実弟二三雄も、同五九年二月二二日にスキー事故で鎖骨を脱臼し、新潟中央病院に入院中である。

債権者は、父義雄が同五二年に死亡してから今日まで長男として病弱な母を介護し、最近では勤務のかたわら一週間に一度、病院まで自家用車を運転して母を通院させるなど文字どおり母の手足となってきた。

このような状況の中で債権者が静岡県の蒲原工場に配転されれば、母が近所の病院に通院できたとしても、母を知人や親威もない全く見知らぬ別世界に閉じ込める結果になりかねず、債権者としても安心して仕事に打ち込むことはできない。また母自身も環境の変化に適応できず、病状は一層悪化する危険が極めて大きい。

また母を残して債権者が単身赴任したとしても、現状では母を入院中の実弟二三雄に介護させることは不可能であり、二三雄が将来退院した場合でも二三雄一人が毎日母の介護をすることは、二三雄にとって大変酷である。

結局、本件配転命令は、債権者に対して母の病状悪化の危険を覚悟して母を配転先に連れていくか、あるいはやむなく会社を退職するか、いずれかの選択を迫るものであり、債権者や家族に耐え難い犠牲を強いるものである。

(三) 会社の不誠実な対応

ところで、会社は、昭和五九年一月二六日、日軽金労組との間で、「新潟東港工場の人員再配置に関する労務折衝議事録確認書」を取り交し、次の点を確認している。

(1) 会社は組合の「新潟東港工場設置の経過に鑑み、昭和五九年一月二三日付日軽人発五九第一四号における蒲原工場ならびに鋳鍛製品部への転勤について期限(三年)をつけること」という主張を理解する。

(2) 個別的な人選において会社は各人の個別的事情を勘案した上で上記の主張を十分尊重する。

しかしながら、会社が、本件配転命令を出すについて、債権者の「個別的事情」を勘案し、十分に配慮したとは到底言い難い。むしろ、

「全社的な決定であり、絶対的なものだ」(二月二三日)、「この業務命令に違反すれば懲戒処分だ」(三月一五日)、「嘆願書は一応は目を通すが正式なものとしては受理しない。話し合いは十分になされた……今後はタイムカードもなくなるし、仕事もなくなる。給料ももらえない。発令を一度出した以上取り下げるということは絶対にない」(三月二一日)

等々、会社側が本件配転命令を決定するについて債権者との交渉過程で示した強硬な対応状況からすれば、会社は逆に債権者の「個別的事情」を十分に検討し、債権者が家庭の事情で配転に応じられない状況にあることを十分に承知しながら、本件配転命令を強行したものと言わざるをえない。

のみならず、新潟東港工場から蒲原工場への配転は全部で一五名がその対象となったものであるが、すでに同年三月一日付けで転勤している五名を除いて七名を同年四月一日付けで発令し、債権者と同じように家庭の事情で転勤に同意していない一名を債権者と同様に同年三月一六日付けに遡って発令するなど、極めて不誠実な対応に終始した。

4  保全の必要性

(一) 債権者は、会社に対して、会社の新潟東港工場の従業員たる地位の確認を求めて本案訴訟の提起を準備中である。

(二) 債権者は、昭和五九年三月までは会社から毎月二〇日締めで二五日に、三か月平均で金一八万四九一〇円の給料の支払いを受けており、家族の生活費は債権者の給料のほかに実弟二三雄の給料(手取月一四万六〇〇〇円)と、母の厚生年金(月約一〇万円)で捻出していたものであり、債権者の給料が支払われなければ、その経済状態は困窮し、本案判決を待っていては、回復し難い損害を被るおそれがある。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1(一)、(二)の各事実は認める。

2  同2(一)、(二)の各事実は認める。

3  申請の理由3(一)ないし(三)は争う、但し、(二)の債権者の家族構成、(三)の会社と日軽金労組との間で、債権者主張の日に、主張の「議事録確認書」を取り交したことは認める。

三  債務者の主張

1  配転命令発令の権限及び手続

(一) 会社の社員就業規則一五条一項において、業務上都合により異動を命じられることがある旨、同条二項において異動とは転勤を含むものと定められている。

(二) また日軽金労組と会社との間の労働協約二五条で、非経常的な特別の方針に基づいて行なう会社の総合的人事(異動等)の方針については組合に事前に文書で通知し、一〇日以内に組合から異議の申立がなければ発令することがきめられている。

2  本件配転命令の業務上の必要性

(一) 債権者に対する本件配転命令は、新潟東港工場の人員再配置計画に基づくものであるが、右人員再配置の必要性は以下の二点にあった。すなわち、

(1) 右工場の主要生産品であるアルミビヤ樽の昭和五九年における受注量が前年比約七〇パーセント減少となり、従来の四直三交替編成(昭和五八年一〇月一日容器製造課現業員在籍、一〇〇名)から二直二交替編成(昭和五九年四月一日同定員六五名)へ減直させる必要に迫られたこと。

(2) アルミ形材の押出、皮膜部門では他社他工場との原価競争力に於いて劣位にあり、合理化による体質改善努力が急務とされたこと。

以上が人員再配置計画の直接的な要因であるが、これを機会に、補助部門(保全、出荷等)、アルミ加工部門の集約、外注化も併せて実行し、中核事業の体質を強化し、基盤を固め、これを誘因として新規事業の取り込みを行ない雇傭の場を拡大していこうとするねらいを有していた。

(二) 一方、蒲原工場(アルミ製錬)は、富士川水系に水力自家発電所をもっており、比較的生産コストが低いことから、アルミ地金市況の復調により、増産体制をとっており、電解、鋳造を中心として現業員の大巾な欠員(電解課一三ないし一五名、製品課二ないし九名、保全課二ないし三名、蒲原工場駐在の本社組織の鋳鍛課二名)を生じたため、再三、製錬経験者の多い新潟地区から、転勤者の受入れを要請してきた。

(三) そこで、会社は、新潟東港工場から蒲原工場へ転勤一二名、同工場駐在三名、その他二六名合計四一名の転勤及び出向をきめ、発令年月日を昭和五九年三月一日付又は四月一日付とする人員再配置計画をたてた。

3  人員再配置計画の労働組合への通告

会社は、昭和五九年一月二三日、前記人員再配置計画を日軽金労組へ通知し、折衝のうえ、同月二六日、組合の蒲原工場への転勤者については期限(三年)をつけることという主張について、会社はこれを理解すること及び個人的事情を勘案したうえで右組合の主張を尊重する旨双方確認し、合意を得た。

4  人選における考慮

(一) 人選にあたっての前提は以下のとおりである。すなわち

(1) 異動に対しての障害を多かれ少なかれ全員有している中での人選は、一応の基準を有しながらも個々の条件の相対的比較に依らざるを得ない。

(2) 新体制は新規事業要員も確保する必要から、職種単位の層の厚薄を配慮する。

(3) 転勤者の構成にも職務経験、年令の分布面での配慮を払う。

ということであり、これらを勘案しながら判断した。

(二) このような条件の中から債権者本人が選出された主な理由は次のとおりである。

(1) 永年、社宅に居住し、「家」の問題がないこと。

(2) 電解経験者であること。

(3) 現在、債権者の就労していたアルミ樽上体コンバウンド工程は成員の層が厚く、特に債権者が担当した職務は補助作業で他者との代替が可能であったこと。

(4) 転勤者の年令のバランスを考慮した場合、債権者の年代の転勤者が比較的少ないため、この年代の転勤を考慮すべきこと。

(5) 最近、約四か月の業務応援が可能であったこと(昭和五八年八月から一一月まで富山県高岡市ホクセイアルミニウム株式会社へ応援)。

(6) 債権者の申立てている事情は転勤不可能理由には当たらず、今回の既転勤者との比較でも、むしろ軽い事情と考えられること。

5  選出後の債権者との折衝

(一) 会社の担当者と債権者との間の話し合いにおいて債権者の主張した転勤ができないという理由は大要次のとおりであった。

(1) 母が高令(六九才)、病弱であり、家事、身の廻りのことはできるが、連れて行くことができない。年寄りであり、他の土地には住めない。

(2) 山の下の米屋に手伝いに、バスで通っているが、収入よりも気晴らしである。米屋の手伝いは精神的な支えになっており、これをとり上げることはできない。

(3) 母の面倒を見るとすれば、債権者又は同居している弟であるが、何れも結婚の可能性があって面倒を見られなくなるかも知れない。

(4) 実弟は最近スキーで骨折した。

などである。

(二) このうち、母の病状については、後に寝たきりで家事不能、勤めをやめた、という主張に変った。

(三) しかしながら、債権者の母の健康状態は老人性のものが多く、バスで出来島から山の下へ通勤し、米屋の仕事の手伝い(店番、電話番)をしていたり、家事もしていたのであるから、仮りに母を帯同して転勤するとすれば、荷作りや荷物を持っての旅行はできないにしても、荷作りもさせず、荷物も持たせなければ移動も可能であるところから、会社は引越のための荷造りや運送のすべてを手配する旨申出たが拒否された。母が他の土地に住めないというが、一般的にいって静岡県は気候が温暖であり、健康によいといわれており、更に、蒲原工場と会社の社宅とは隣接し、同工場内には会社の診療所もあり、それと別に、同工場正門から一キロメートル位のところには総合病院もあり、健康管理には万全を期することができる。また、配偶者がパートなどのアルバイトをしている場合、その働き先も用意している。

(四) 社宅等のことは、各転勤者に、地図、病院のパンフレットのコピー、社宅の配置図、間取図、説明書などを配布して説明した(債権者は説明の際出席しなかった)。

(五) また、債権者が単身で赴任するとしても、社宅をそのまま母と弟に住まわせることを考え、その場合、弟が母の面倒を見るということも可能である。債権者は、弟がスキーで骨折したというが、これは一時的なものであって、三年も動けないことは考えられない。なお、債権者が会社に提出した診断書によると骨折でなく、肩の脱臼であり、これは今すぐ手術をどうしても必要とするのか、また、既に手術をしたのかもわからない。何れにしても、これで三年間どうにもならないというものでもない。

(六) 以上のとおり、債権者のいう転勤不能の理由は根拠がないと思われ、会社はそれらの問題点について種々の対策を考え、繰返し説明して納得を得ようとしたが遂に債権者は応じなかった。

6  本件配転命令の発令から本件解雇に至る経過

(一) 他の転勤候補者は昭和五九年二月二〇日から二四日頃までには応諾のうえ、個別事情の相談を完了し、同月二五日の説明会に出席した。発令期日はこの段階で同年三月一日付(五名)及び四月一日付(七名)の二組に分け決定した。これは蒲原工場側からは、全員三月一日付発令を希望されていたにも拘らず、新潟東港工場側で、転勤候補者の個別事情(学校期末、家の新築、家族事情等)を配慮し、時間的余裕の必要な者については四月一日付発令を認めたことによるものである。債権者については五週間経過しても拒否姿勢から一歩も出ず、その理由も他の転勤者の事情に比べ重度のものとは認められないことから、三月一日付の者が赴任した同月六日から一〇日後にやむなく発令に踏み切った。他の転勤者との「公平性の原則」を維持し「正直者が馬鹿をみること」のない人事のけじめをつけるための措置であり、それも事前の債権者との話合いにおいてはしばしば説明したものである。

(二) 本件配転命令発令後も、会社は同月二一日、同月二八日と債権者とは二回話合いをもって翻意を促したが、債権者の姿勢は相変らず頑なで、終始、拒否の結論を変えない姿勢を続けながら「これまでの話合いは無意味だった」というような発言をしたりしていた。

(三) 社員就業規則一七条には「発令日から起算して一週間以内に赴任しなくてはならない」と規定しているが、四月一日付転勤者が同年四月三日に出発する予定となっていたため、債権者に対しては特別な取扱いとして同月三日まで赴任期限を延長した。

(四) 債権者は、他の四月組転勤者が出発したにも拘らず、結局赴任せず、同月三日新潟東港工場に現われ、「当工場で働く意思がある」などといったり「早く身分をはっきりさせて欲しい」などともいっていた。

(五)(1) 同月三日の赴任拒否の事実を確認して、会社はこれを放置することは一般従業員への影響が大きく、社内秩序の維持に関し重大な問題であると考えられるため、同月九日、個別賞罰委員会を開催した。ここで本案件について審議が行なわれ、「懲戒解雇」とする旨の結論に至り、同内容をもって工場長に対して上申した。同日、工場長の裁決が得られたため、同月一〇日付で発令するため人事手続を進めた。

(2) 社員就業規則一一六条九号は、社員が労働契約に違反したときは懲戒解雇に処することができる旨規定している。右規則一六条は会社と債権者間の労働契約の内容を成すものであり、同契約上債権者は本件配転命令に従うべき義務を負うものであるところ、これに従わず転勤を拒否したことは右懲戒解雇事由に該当するものである。

(六) 会社は、同月一〇日債権者に直接口頭で本件解雇を伝達した。

7  結論

以上のとおり本件解雇は適法に行なわれており、債権者の本件申請は理由がない。

四  債務者の主張に対する認否

1  債務者の主張2中、本件配転命令に業務上の必要があったことは争う。

2  同3は認める。

3  同4(一)、(二)は争う。

4  同5(一)ないし(六)は争う。

5  同6(一)、(二)、(四)、(五)(1)及び(2)のうち社員就業規則に債務者主張のとおりの規定があることを除くその余は争う。但し、債権者が昭和五九年四月三日新潟東港工場に出勤したことはある。

第三疎明関係

本件訴訟記録中の証拠目録の記載を引用する。

理由

一  申請の理由1、2の各(一)、(二)は当事者間に争いがない。

二  そこで、まず本件配転命令発令の権限及び手続について検討する。

1  配転命令の発令の権限及び手続

債務者の主張1(一)、(二)は、債権者において明らかに争わないものと認め、これを自白したものとみなす。

なお、社員就業規則一五条一項にいう業務上の都合とは、異動の性質からして業務上の必要をいうものと解すべきである。

2  人員再配置計画の労働組合への通知

債務者の主張3の事実は当事者間に争いがない。

3  本件配転命令の業務上の必要性の有無

(一)  (証拠略)によれば、債務者の主張2(一)ないし(三)の各事実及び本件配転が当該新潟東港工場人員再配置計画に基づくものであることが一応認められる。

(二)  (証拠略)によれば、会社は前記人員再配置計画に基づく人選に当たり、職種における層の厚薄、転勤者の職務経験、年令の分布面に配慮し、これに個人的事情を勘案することとしたが、債権者については、債務者の主張4(二)(2)ないし(5)の事情のあることが選出の職務上の理由となったことが一応認められる。

(三)  これによれば、本件配転の業務上の必要はあったものといい得る。

三  次に、本件配転命令が権利濫用に該当するかどうかについて検討する。

1  債権者の家庭事情

(証拠略)によれば次の各事実が一応認められる。

(一)  債権者は、母マスエ(以下マスエという)(大正四年一月一二日生)と清水食品株式会社に勤務する弟二三雄(昭和三一年九月二三日生)と三人で生活している。(上記債権者の家族構成は当事者間に争いがない。)

(二)  マスエは昭和三八年ころ脳溢血で倒れ、以後は右半身に運動障害を残し、歩行が困難であるうえ、高血圧症、心臓病、糖尿病、白内障などの病気を併発し、病状は年々悪化しつつある。

(三)  もっとも、マスエは、昭和四九年ころから、親類の大竹米店にパートタイマーとして雇われ、住所地からバスを乗り継いで通勤し、店で客の応待や電話番をしていた。もちろん家事も自分で処理し、日常の生活は一応可能であった。

(四)  しかし、昭和五八年一二月以降はマスエの病状が進み、特に、債権者の本件配転の問題が生じた後は、一段と悪化し、勤務が困難となって、同五九年三月二五日には退職することになった。

(五)  マスエは、夫(債権者の父)が昭和五二年に死亡した後は、長男である債権者を頼りに生活してきており、しかも病身のせいか心理的、精神的に依存する度合が高く債権者が昭和五六年二月九日から同年八月一二日まで会社大阪工場に、同五八年八月二日から同年一一月三〇日まで富山県高岡市のホクセイアルミニウム株式会社にそれぞれ出張又は出向した際に、いずれも病状が悪化したことがあった。なお、マスエは新潟市内で出生し、以来同市内に居住してきた。

(六)  現在(昭和五九年八月)マスエは、本件配転問題からきた心理的、精神的動揺に伴う症状の悪化も一応収まり、家事にも従事している。しかし、白内障による視力障害が著明で歩行に不自由を来たし、また精神的緊張による血圧の動揺が著しく最高一八〇mmHg・最低一〇〇mmHgから最高一四〇mmHg・最低八〇mmHgと変動し、著しい生活環境の変化は望ましくないという医師の所見が出されている。

(七)  債権者の弟二三雄は、昭和五九年二月二一日スキーで鎖骨を骨折し、入院して治療を受けたが、同年五月一二日退院し、現在は従前どおり勤務先に出勤している。同人には習慣性肩関節脱臼の病気を持っているが、日常生活に支障はない。

同人には結婚話が出たりしており、債権者に代ってマスエの世話を引き受ける気持は乏しい。

2  債権者の家庭事情に対する会社の配慮

(証拠略)によれば、会社は蒲原工場への転勤者には同工場に隣接する世帯用、単身者用の各社宅を用意したこと、同工場内には会社の診療所が、更に同工場から至近の距離に総合病院がそれぞれ存在すること、転勤者の配偶者等のアルバイト先も用意されていること、これらのことを会社は昭和五九年二月二五日説明会を開き、転勤者(債権者は休暇をとり欠席)に説明したこと、また同月二二日以降の本件配転に関する債権者との折衝の過程で、会社は債権者に対し、本件配転に伴う荷造り、運送の手配はすべて会社で行う、単身赴任の場合は、債権者が現在入居している社宅にマスエと二三雄が引き続き居住することを容認する旨申し出たことが一応認められる。

3  以上の事実に基づいて判断するに、本件配転命令について業務上の必要が肯認されるとしても、その必要性の程度と本件配転によって債権者が受ける影響の程度を比較衡量して、前者に比し、後者が著しく大きい場合には、本件配転命令は権利の濫用ないし信義則違反として無効となるというべきである。

(一)  まず、本件配転命令は、新潟東港工場における業務の縮小に伴う人員削減の必要と蒲原工場における業務の拡充に伴う人員の増員要請とに応じて樹立された人員再配置計画に基づくものであるが、(証拠略)によれば、新潟東港工場では、正社員以外のパート、臨時工が日軽工営を通じて二〇名程度働いていること、本件配転命令が出された直後の昭和五九年四月には、季節的需要を満すものではあるが、一〇名前後のパートが新規に採用されていること、蒲原工場へ配転される人数は、一五名と決定され、人選がなされたものの、結局債権者を含め三名が同工場に赴任しなかったが、それに代る異動は実施されていないことが一応認められ、これによれば、右一五名という人数が動かし難いものであったともいえず、また、その選出基準に特に不合理な点は窺えないとしても、債権者以外に右基準に該当する適任者が存在せず、債権者でなければならないという必要性は乏しかったものと認められる。

結局、本件配転命令の業務上の必要性の程度は小さいものといわざるをえない。

(二)  次に、債権者の事情であるが、本件配転に関するものとしては、債権者と同居して扶養されている母マスエの問題に尽きるところ、蒲原工場の所在する蒲原町が新潟市より気候温暖で高令者にとって気候の点では生活し易いことは明らかであり、医療環境においても同人の現居住地に劣るものとは思えないし、働こうとする場合その先も用意され、引越し作業は会社が手配し、マスエに特段の負担となることはないのであるから、債権者がマスエを帯同して転勤することにさして支障はないように見えなくもない。しかし、年令が六九才で、多くの病気を持ち、適応能力を失いかけている同人を、永年住み慣れた土地から全く暮らしたこともない土地へその意思に反して連れていき、居住させることは心理的、精神的に極めて負担を強いることとなるのは想像に難くなく、ひいては病気を悪化させる危険のあることは否定できない。

そして、また、マスエを新潟に残したまま、債権者が単身赴任することも、債権者を頼りにしてきたマスエの精神的支柱を失わせることとなり、従前の例からして、やはり病気に悪影響を及ぼすことは十分あり得ることというべきである。もっとも、同人には二男二三雄がおり、会社は、債権者の転勤後も現住居である社宅を提供することを申し出ているものであるが、マスエは二三雄の世話を期待していなかったことが窺われ、同人もまたマスエの世話をする意思に欠ける。このような親の扶養・世話を子の誰れがするかというような事柄は、当該家族の人間関係に依るところが大であって、これを無視して他律的に決定できるものではない。

(三)  会社が従業員に対し配転を命じるに当たって従業員の事情――それには当該従業員本人その者の事情ばかりでなく、その家族の事情も相当な範囲で含まれるというべきである――に対する配慮を全く欠かすことは許されないというべきであるが、つねにその全部にわたり配慮しなければならないものではないというべきであり、その程度は具体的な労働関係を踏まえて社会通念により決定すべき問題というべきである。

本件において、会社が債権者の事情に属するマスエの健康についてどの程度配慮すべきは、一概に決しられる問題ではないが、本件配転命令の必要性の度合が小さいこと、右配転の基となった人員再配置計画の実施について、会社と日軽金労組との間で、会社が特に転勤者の個人的事情に配慮することが確認されていること、債権者の事情が健康という最大限尊重されるべき価値(弁論の全趣旨により認められる、会社が前記人選に当たり配慮した持家の管理の比でないことはいうまでもない)にかかわるものであることを考慮すれば、会社が本件配転につきなした配慮をもってしては足りず、業務上の必要性との対比において、本件配転命令によって債権者の受ける影響・不利益は著しく大きいものというべきであるから、右命令は、権利の濫用にあたり、その効力を有しないものといわなければならない。

四  そうすると、債権者は、本件配転命令に応ずる義務はなく、したがって、これに応じなかったことを理由としてなされた本件解雇は、その根拠を欠如することとなり、無効なものというべきである。

五  前記のとおり、会社は本件解雇通告以後、これを理由に債権者の就労を拒否しているのであるから、債権者は、その翌日である昭和五九年四月一一日以降も会社に対する賃金請求権を失わないところ、債権者が同年三月まで会社から毎月二〇日締めで二五日に平均金一八万四九一〇円の賃金の支払を受けていたことは債務者において明らかに争わないから自白したものとみなされるから、債権者は会社に対し、同年四月一一日以降一か月右平均賃金額の支払を求める権利を有するというべきである。なお、債権者は、同月二五日に金一八万四九一〇円の仮払を求めているが、そのなかには、本件解雇以前の就労による賃金額が含まれることとなり、かつその額は具体的に確定すべきものであるが、これについての主張、疎明がない。

六  保全の必要性について

1  債権者及びその家族の生活費は、債権者が会社から受ける賃金のほか、二三雄の給料(手取月一四万六〇〇〇円)と母の厚生年金(月額約一〇万円)でまかなわれてきたことは債務者において明らかに争わないから自白したものとみなされるが、弁論の全趣旨によれば、債権者の右賃金の支払がなければ、債権者の生活に困窮をきたし、著しい損害を被るおそれがあることが一応認められる。

これによれば、債権者の本件解雇通告の翌日以降の賃金仮払についてその支払期間は別として保全の必要性が認められる(本件解雇通告以前の賃金については必要性の疎明もない)。ところで、本件における争点の前記内容及び性質並びにこれに関する疎明の内容(口頭弁論に付されたが、疎明資料を限定して審理の短縮を図ったため、マスエ及び同人を診断した医師等の証人としての尋問はなされていない)を考慮すれば、現時点においては、一応本件解雇通告後一年半の間に限って認容するのが相当であり、それ以降の支払分については、その時点において再度被保全権利の存在とともにその必要性を吟味すべきである。

したがって、本件においては、債権者に対し、右の期間に限り賃金仮払の保全命令を発することとし、その余については、その必要性がないものとして棄却することとする。

2  また債権者は、他に地位保全の仮処分をも求めているが、右のような仮処分はその実効性を期待し難いうえ、雇用契約上の労働者の権利の中核をなす賃金債権について仮払を保全すれば足りるものと考えられる(債務者が債権者に対し、社宅からの退去を求める等の事情も窺われない)から、残余の権利については、保全する必要はないというべきである。

七  結論

よって、債権者の本件申請は、昭和五九年四月一一日以降昭和六〇年一〇月まで、毎月二五日限り月額金一八万四九一〇円の割合による金員の仮の支払を求める限度で理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容することとし、その余の申請は理由がないから棄却することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊島利夫 裁判官 雨宮則夫 裁判官 長谷川憲一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例